月夜見
 puppy's tail 〜その48
 

 “秋の風、お友達?”
 



          




 ご町内のちょっぴり場末の、元は大きな純和風の邸宅があった場所。コスモスが咲きそろった駐車場の向こうに、秋の風情をたたえたススキの原っぱがあるとのこと。毎日のお散歩を朝晩、某薬用酒の如くに欠かさない(こらこら)ルフィとカイに案内されたパパゾロも加わって。見事なススキを見物がてら、家族DEデートと洒落込んだご一家だったのだけれども。

 『〜〜〜〜〜っ、かっかっかっ!』
 『きゅう?』

 大人の背丈ほどもあるような、立派なススキの生い茂る小ぶりの密林もどきの只中で。何かいるのを見つけたらしい、シェルティ・ルフィが飛び込んでったその先にいたのは。カイくんとあまり変わらない年頃の、小さな男の子がぽつんと一人。緑がかった茶色というのか、浅い混色がシックな小袖と、これも一丁前にも黒っぽい袴を重ね着たという、純和風の恰好でいたのも、まだ七五三には早い十月だってことも考慮すると、今時にはちょっとばかり不思議な雰囲気の坊やであり。

 『…ここは武家屋敷だったっていうから。』
 『いうから? こういうカッコの子が出て来てもいいの?』
 『いや、そもそも俺に訊かれてもだな。』

 お連れさんは何処にも居ないみたいだよとは、戸外だってのに小さなシェルティから人の姿へと戻ったルフィのご意見。わんこの姿からこちらへ戻ったからには、一糸まとわぬ裸ん坊。だってのに、一切動じずそんな風に取り沙汰しているやんちゃな奥方へ。

 「〜〜〜ったく。////////

 こっちが恥ずかしいし、風邪を引くぞとばかり、自分が羽織っていた薄手のブルゾンを大急ぎで脱ぐと、ほっそりした肩へと掛けてやったゾロパパへ、
「ありがとvv」
 優しいんだねと“くふふvv”愛らしく微笑った奥方だったが、こうしてくれるというのがきっとしっかり判っていての、大胆なメタモルフォゼに違いなく。
“…まあ、良いんだけどもよ。”
 ルフィだとて、ちゃんと…それがこの子への気配りでお連れを探してのことであれ、周囲へ誰もいないか見回しての確かめたのだろし、
“…。”
 どんなに無邪気に見えても、精霊の末裔という不可思議な存在であることを隠すための、最低限の注意は刷り込まれているはず。ゾロとしてもその点は重々判っており、ただ、いちいち訊いたりはしないでいるだけの話。道を渡るおり、左右を見回し、車が来ないか確かめたのを、わざわざ“今の所作はなに?”と訊いていてはキリがないように。熱い飲み物を口元へ近づけながら、ふうふうと吹いて冷ましたのへ、いちいち“そうするとどうなるの?”と訊かないように。当たり前なことは まんま受け流せば良いのだとする感覚の中、ルフィへのゲインというものが、もうすっかりと出来上がっているゾロであり。不必要な過敏さで警戒するなんてことはしないのが、彼なりの気遣いであり、そしてそんなさりげなさがルフィには殊の外 嬉しくってたまらない。
「わはvv ほらほら、ゾロ。何かのキャンペーンガールみたいだぞ?」
 前の合わせのファスナーを、胸元まできっちりと上げたその姿が丁度。合わさりの中程に隙間の空いてる、まだまだ少年仕様の太腿の、その中程辺りにまで裾が降りていて。ブルゾンなのにマイクロミニのワンピースみたいだと言いたいらしい。そうまでの大きさにはしゃぐルフィへ、
「キャンペーンガール…って、どっかで見たのか。」
 テレビで観たぞ? れーすくいーんとかゆってた。そういうのが出るような番組、カイにはまだ観せちゃいかんぞ…なんて。何だかすっかりと和んでの脱線しておいでだが、何か忘れちゃいませんか?

 「…うや?」

 自分の前へと突然現れた、毛並みもふさふさなわんこから…あっと言う間に 裸ん坊な人間へ。するするっといきなり変身しちゃった現象に驚いたか、キョトンと眸を丸くしている、お名前不明の坊やの傍ら、

 《 ねえねえ、君、だぁれ?》

 こちらさんはまだウェスティの姿なままのカイくんが、無邪気にも懐いてだろう、黒々と濡れた鼻先をツンツンと、坊やのお着物のお腹へ押しつけている。きゅう〜んとしか聞こえぬだろに、

 「…くう。」

 結構くっきりした、そんなお声がしたのへと。裸エプロンならぬ裸ブルゾンをお題目にし、ご夫婦で…どうやらいちゃいちゃしていたらしき大人二人が、もとえ、大人と坊やママが、やっとのことその注意を彼らの方へと引き戻し、

 「そか。くうってのが名前か。」

 確かめるように訊き返した。そんなルフィへ、
「〜〜〜。(う、頷)」
 ちょっぴり及び腰なまま、されど こっくり頷く坊やなので、お名前には間違いがない模様。名前を訊いたのはわんこだったのに。くうなんて短い一節が、ただの呟きじゃないと判ったなんてと不思議がるよな蓄積は、あいにくとまだ持ち合わせてないらしき坊やへ向けて。そんな彼と一番の間近で向かい合ってた真っ白なテリアくんを、ひょいと双腕へと抱え上げ、
「俺はルフィ。この子は海って書いてカイっていって、こっちのお兄さんはゾロだ。」
 目線で示しての順番に紹介してゆくルフィの、畳み掛けるような勢いに呑まれたか、
「あ…。」
 一応はお行儀を躾けられている子であるらしく。ひょこりとお辞儀もどき、頭を傾けるところが、ちょっぴりたどたどしくって愛らしい。だが、
「くうちゃんのパパやママは?」
「ぱ?」
 そうと訊かれたことへの反応…きょとりという小首の傾げ方が、意味が通じていないという感じがしたため、
「お父さんとお母さん。一緒じゃないの?」
 訊き直せば今度は通じたか、
「〜〜〜。」
 小首を傾げはしなかったがその代わり、ふりふりとかぶりを振っての俯いてしまったので、これはやっぱり“迷子”ではあるらしく。
「あ、あ、ごめんね。」
 心細かったのまで思い出させたかなと、カイくんを傍らのゾロの腕へと素早くパスすると。少しほど膝を折っての屈んだ姿勢になり、そおと手を延べ、頬へと触れるルフィであり。
「一緒に探そうね? だから…。」
 寂しいとか心細いとかいう感覚の切なさ辛さには、一番に覚えがあるし、身に染みてもいるから。こんな小さい子がそんな想いに胸をひしがれてしまうのは、見る側になるのさえ厭なこととばかり。泣かないでと、よしよしとあやすつもりで触れての、そうと言いかけた奥方だったのだけれども。

  「………あれ?」

 ふかふかと柔らかな頬に触れたその途端。何を感じたか、言葉が途中で止まってしまう。お三時を回ってからのお散歩、そろそろ空気は黄昏色が滲み始める頃合いで。その金色が吸われてか、琥珀色になじんだ瞳を何度か大きく瞬かせたルフィが、
「ボク、もしかして…。」
 何か訊きかけたそんな間合いへ…先んじて。

  ――― くるくる・きゅ〜〜〜

 割り込んだのが、こんな悲鳴。ありゃりゃ、この音には聞き覚えがあるぞと。お母様似の喰いしん坊が も一人増えそうな今日このごろのロロノアさんチだからこそ、察しがつけやすかった不思議な音へ、ゾロとルフィがほぼ同時に肩をすくめた。幼い子供に一番味あわせてはいけない“困った”だと気づいたからだ。

 「お腹空いたんだね。」
 「〜〜〜。//////

 ふやふやと含羞んでのますます俯くところが何とも愛らしく、
「じゃあ、ウチへおいで?」
 にっぱしと微笑ったルフィの言いようへは、
「おいおい。」
 ゾロがさすがに窘めるように口を挟んだ。厄介ごとだからという迷惑を覚えてのことではなくて、
「親が捜しに来ないか? 此処へ。」
「だったら書き置きとか残してけばいいさ。」
 でも、間近いところには誰の気配もないけどねと、素早く付け足したルフィであり、
「こんな小さい子供、それもお腹を空かしているのを、置いてはいけないでしょう?」
「………まぁな。」
 だったらと、ルフィが延ばして来た腕へ、小さなテリアくんを戻してやり、
「あのね、こっちのお兄さんに抱っこしてもらいな?」
「???」
 にっこり微笑うルフィが示した大柄なお兄さんへ、袴姿の坊やが再び萎縮を見せる。さすがに…上背のある男の人には警戒心も沸くらしい。だが、
「ダイジョブだから。」
 いやに確信ありで言い切ったルフィが、続けて言ったのが。

 「何だったら、傍に寄って“くんくん”ってしてみな?
  悪い奴の匂いはしねぇから。」
 「………おい。」

 何だその“悪い奴の匂い”ってのは。だから、それをさせてないぞって言ったんじゃないか。…ご亭、奥方が何でも匂いで断じるのでそっちに慣れてるようだけれど…ちょっと待て。こんな言い方をしたってことは、

 「………きゅう。」

 言われた通り、まだ少々恐る恐るながらも近寄ると、たいそう上背のある男の人をば見上げた坊や。カイと変わらぬほどの小さい存在には、さすがに…絆(ほだ)されもするものか、
「…どした? 俺だと怖いか?」
 ゾロもまた ひょいと屈み込んでやっての、出来るだけ声音を柔らかくして話しかけてやれば。本当にお顔を近づけて来ての“すんすん”と、匂いを嗅ぐ坊やだったりし、
“え…っ☆”
 おいおい、そこまで素直に従うもんかよと、半分呆れての瞠目状態。固まりかかったうら若きお父さんへ、
「〜〜〜。」
 おやや、小さな腕が伸ばされて来るではありませぬか。この展開ってことは、もしかして。
“匂いできっちり、断じてもらえたらしいということか?”
 まま、妙な匂いがしなかったから → 安心してもらえたって順番なんだろと。自分なりの納得チャートを頭の中に展開しつつ。抱っこをせがむように伸ばされた小さな双腕をやりすごしての、下から掬い取るようにして。ひょいっと軽々、他所のお子さんなので幾分かは丁寧に、抱き上げてやったゾロパパであり。
「〜〜〜きゅうきゅうっ。」
 途端に、ちょっぴり勢いのある鼻声を上げ始めたウェスティくんへは、
「こ〜ら、カイ。焼き餅焼かないの。」
 ママがメッと窘めのお言葉をかけてやれば、

  ――― え? え? カイが妬いたって?
       何でそんな嬉しそうな顔するかな、ゾロも。

 いい感情じゃないでしょがと、叱った小さなお母さんへ、
「きゅう?」
 今頃になって、何だか妙な相性の人たちだとでも思ったか。小さな迷子の坊やちゃん、頼もしい腕へと抱えられたまま、小首を傾げて見せたのでありました。





            ◇



 さてとてと。一人増えての4人で辿り着いたわが家では、
「あらあら、まあまあ。」
 奥様、何てカッコですかそれ。それから、その子はどちらの坊やですか? お二人とも頬っぺが真っ赤じゃないですか。
「先にお風呂へ行かれますか?」
「う〜ん、でもあのね?」
 お腹ぺこぺこらしい坊やだと、こしょこしょ告げたルフィへ、あらまあとやんわり微笑ったツタさん、
「判りました。では先に晩ご飯と参りましょう。」
 カイくんという幼い子供がいるお家。よって日頃からも夕飯は早いので、支度は整っておりますよと、頼もしいツタさんのお言葉を裏打ちし、キッチンのほうからは香ばしい良い匂いがして止まず。

 「今日のおかずは何なに?」
 「ハンバーグですよ?」

 お好きですよね? うんっ、やたっ! 幼い子供そのものといった風情にて、ぴょいぴょいと撥ねるルフィの足元で、小さなウェスティくんまでもが踊るように跳びはねるのを、
「あーこらこら。踊ってる場合じゃなかろうが。」
 とっととそのややこしい格好から着替えて来なさいと、二階への階段を指さされ。即興のレースクィーンさん、手早くカイくんを抱えると“はぁ〜いvv”と言われた通りに駆けてゆく。
「相変わらずですこと♪」
 あの愛らしさはいつまでも続いてほしいですねぇと、和んだ表情で微笑ったツタさんのお顔を、
「〜〜〜。」
 小さなお指を咥えての、じ〜〜っと見つめていた小さなお客様に気づいた大人のお二人。そういえば、と。今更ながらツタさんが“あのあの”と遠慮がちに訊いたのが、

 「もしかして奥様、出先であの姿へ戻られたのでは?」

 ということは、この坊やにその変身を見られたのではないかいなと。ロロノアさんチの自慢の肝っ玉母様ではあれ、そこへの杞憂だけへは心中悩ませることも多かりしツタさんへ、

  「ああ。というか、何か思うところがあってのやり用だったみたいだが。」

 おやや。旦那様とて、伊達に…ちょいとややこしい身の上の奥方と何年も一緒に過ごして来た訳じゃあない。この坊やと間近で接してみての、ルフィだから拾えた何かしら。それを前置きにしての思惑というか、思うところがあるらしかったと見ている旦那様ではあったものの、

 “どっかで見かけた子なのか、それとも…。”

 当地への一見さんで、しかもこうまで幼い子。まだ口も回らないようだから誰かへの他言は出来まいし、話せるようになった頃にはもはや覚えていないかもと、そんな算段でもしているのかなと。その程度の認識だったらしいのだが………そんなもんじゃあなかったこと、次の章にて思い知っていただきましょう♪






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     ひゃっくり様『ぱぴぃ設定で、お元気なロロノア一家のお話をvv』

  *すいません。お待たせしたあげくに、もちょっと続きます。
   Hさんにだけは、ウラネタも既にバレバレなようで、
   それを含めて心苦しいのではありますが………。(うにゃむにゃ)